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京都地方裁判所 平成4年(ワ)2417号 判決

京都市西京区御陵大枝山町五丁目二二番地一〇

原告

株式会社総本家八百松老舗

右代表者代表取締役

阪本幸雄

右訴訟代理人弁護士

坂元和夫

京都市右京区西院上今田町二番地の七

被告

八百松本店こと

渡部清一

右同所

被告

株式会社 新峰

右代表者代表取締役

渡部清一

右両名訴訟代理人弁護士

吉田克弘

主文

一  被告八百松本店こと渡部清一及び被告株式会社新峰は別紙標章目録二記載の各標章を、それぞれ、その本店店舗の看板、同店舗内の宣伝用パンフレット、注文書、封筒、包装紙等、その営業上の印刷物その他宣伝広告物に使用してはならない。

二  被告八百松本店こと渡部清一及び被告株式会社新峰は別紙標章目録二記載の各標章を、それぞれ、その本店店舗の看板から抹消し、同店舗内において占有する各標章を使用した宣伝用パンフレット、注文書、封筒、包装紙等、その営業上の印刷物その他宣伝広告物を廃棄せよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  本案前の答弁(被告八百松本店こと渡部清一、以下「被告渡部」という。)

原告の被告渡部に対する請求を却下する。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  被告渡部の本案前の主張

被告渡部は個人として営業していないので、原告主張の登録商標を使用していない。したがって、原告の請求は却下されるべきである。

第三  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社八百松老舗は、昭和四一年六月二八日特許庁の公告を経た後、昭和四二年一月二五日別紙標章目録一記載の「八百松老舗」の標章につき、商標登録をなした(第〇七三一〇四六、以下「原告標章」という。)。

その後、右商標権は、訴外小林祥二に移転された後、平成元年九月一九日、原告が同人から譲渡を受けて権利者となった。

2  被告渡部及び被告株式会社新峰(以下「被告新峰」という。)は、別紙標章目録二記載の各標章(以下これらをまとめて「被告標章」といい、同目録記載の各標章を個別に「被告標章1」「被告標章2」などという。)を、それぞれ原告標章の指定商品である「野菜」に包含される松茸、筍、「加工食料品」に包含される佃煮、それらの缶詰の商品包装紙、取引書類及び広告等に使用している。

3  原告標章である「八百松老舗」と、被告標章である「八百松本店」について比較すると、その各要部は、いずれも「八百松」の部分であり、この部分の文字・称呼は同一であるから、これらの標章が付された商品の出所についての誤認混同が起こる可能性はきわめて高いのであるから原告標章と被告標章とは類似している。

4  したがって、被告標章は、商標法三七条一号により、原告の商標権を侵害するものとみなされるものであるから、商標法三六条一項、二項に基づき、請求の趣旨の通り、被告らの標章の使用禁止、標章の抹消とこれを使用した物品の廃棄を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は知らない。

2  同2のうち、被告新峰が、被告標章4、5の各標章を原告の商標権の指定商品である「野菜」に包含される松茸、筍、「加工食料品」に包含される佃煮やそれらの缶詰の商品包装紙、取引書類、広告等に使用していることは認める。被告新峰が被告標章1ないし3、6ないし8の各標章を過去に使用したことは認めるが、現在使用していない。

3  同3は否認する。被告新峰の宣伝用パンフレット・納品書・請求書・封筒・包装紙・店舗の看板・のれん等にはいずれも「株式会社新峰」「八百松本店」と表示し、更に、「旬のごあいさつ」「松茸竹の子」「海山の幸」との文字を囲む三つのマーク(標章)を組み合わせている(別紙標章目録三参照)。「八百松本店」単独で使用することはない。例外的に表示スペースに限界がある振込通知票(振込通知票は単独で顧客の目に触れることはない。)には「株式会社新峰」を省略し、「八百松本店」と表示することはあるが、その場合にも「旬のごあいさつ」「松茸竹の子」「海山の幸」と文字を形で囲む三つのマーク(標章)を使用している。よって、「八百松本店」と単独で使用することはないのであるから、原告標章に類似する標章と評価されるべきものではない。

三  抗弁

1  原告は、昭和五四年三月一三日破産宣告を受けている。以降、原告標章を譲り受けた平成元年九月一九日までの間一〇年余り同標章は使用されていなかった。いわば商標権は形骸化しており、商標上の権利は既に失効していたものであり、この状態が一〇年以上も継続していたのである。たまたま原告が平成元年九月一九日に買い戻ししたに過ぎない。かかる商標に差し止め請求まで認めるのは公平に反し、権利濫用である。

2  また、「八百松老舗」なる標章はありふれた名称であり、新規性・奇抜性・特異性に乏しく、識別力が弱い表示であり、出所混同の発生しない使用方法をとっている被告標章に対する差し止め請求を認めるのは公平に反し、権利濫用というべきである。即ち「八百松」なる標章はありふれたものであり、全国各地に「八百松」なる標章を使用しているものは、極めて多数にのぼる。全国各地の「八百松」を使用している多数のものに「差止」を求め、これが認められることとなるならともかく、被告にのみ標章の差止を求めるのは公平ではない。「八百松」というありふれた標章が商標登録を受けているだけで「八百松」の使用差止請求を許すべきではない。

四  抗弁に対する認否

1  いずれも否認する。

2  株式会社八百松老舗破産管財人は、破産宣告後約一年九ヶ月経った昭和五五年一二月一八日、原告標章を小林祥二に譲渡した。原告代表者阪本幸雄は、同人から使用許諾を得て(専用使用権の設定)、原告標章を使用して松茸・筍等の販売業を営み、昭和五七年三月二六日に原告を設立した後は、原告が小林から原告標章の使用許諾を得て松茸・筍等の販売業を営んできたのであり、平成元年九月一九日右小林から原告標章の譲渡を受けて現在に至っている。したがって、原告標章が長年使用されなかったことを前提とする被告らの権利濫用の主張は失当である。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載されたとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  被告渡部の本案前の答弁について

被告渡部は、個人として被告標章を使用していないことを理由として同被告に対する訴えの却下を求めている。しかし、侵害差止訴訟は、被告側が侵害訴訟の対象となる標章を使用している場合のみならず、これを使用するおそれがある場合にも認められるものであり、被告渡部は被告新峰の代表者で、被告新峰において後記のとおり、被告標章を使用し、あるいは使用していたことを認めており、しかも、被告標章が原告の商標権を侵害していることを争っていることは当裁判所に顕著な事実であるから、被告渡部には、被告標章を個人としても使用するおそれがあるものと認められ、被告渡部の訴え却下の申立は理由がない。

第二  本案について

一  請求原因1の事実は、成立に争いのない甲第一号証及び原本の存在及びその成立について争いのない甲第二号証によりこれを認めることができる。

二  同2の事実のうち、被告新峰が、被告標章4、5を原告の商標権の指定商品である「野菜」に包含される松茸、筍、「加工食料品」に包含される佃煮やそれらの缶詰の商品包装紙、取引書類、広告等に使用していること、被告標章1ないし3、6ないし8を過去に使用したことは原告・被告新峰間に争いがない。したがって、被告新峰は、被告標章について、これを使用し、又は使用するおそれがあると認めることができる。また、被告渡部が被告標章を使用するおそれがあると認められることは前記第一のとおりである。

三  そこで、原告標章と被告標章との類似性について検討する。

1  原告標章及び被告標章の構成

(一) 原告標章は、毛筆体の横書きであり、「八百松」という文字と「老舗」の文字の組み合わせから成立している。

(二) 被告標章2、3、6は、切り紙風のデザイン文字による横書きであり、「八百松」という文字と「本店」という文字の組み合わせから成立している。

(三) 被告標章7は、被告標章2、3、6と同様なデザイン文字の冒頭に小さな活字により「京都」の文字を加えたものである。

(四) 被告標章1、8は、いずれも被告標章2、3、6の各文字を縦書きとしたものである。

(五) 被告標章4、5は、毛筆のやや草書体に近い行書体による横書きであり、被告標章2、3、6と同様に、「八百松」という文字と「本店」という文字の組み合わせから成立している。

2  各標章の比較

(一) 原告標章と、被告標章2、3、6は、各文字のデザイン及び後半部の「老舗」か「本店」かという点で異なるものの、横書きである点及びその要部である「八百松」の部分で称呼及び観念が同一であり、全体として類似しているものと認められる。

(二) 被告標章7は、前記1(三)で検討したとおり、被告標章2、3、6と同様な構成のデザイン文字の冒頭に小さな活字により「京都」の文字を加えただけである。「京都」の部分は単に地名を冠したに過ぎず、やはり「八百松」の部分が要部として識別力を有すると認められるので、原告標章と、被告標章7は、全体として類似しているものと認められる。

(三) 被告標章1、8は、いずれも被告標章2、3、6の文字を縦書きとしたに過ぎず、その要部である「八百松」の部分で称呼及び観念が同一であることに変わりはなく、原告標章と全体として類似しているものと認められる。

(四) 被告標章4、5は、被告標章2、3、6と文字の書体は異なるが、その要部である「八百松」の部分で称呼及び観念が原告標章と同一であることは被告標章2、3、6と同様であり、原告標章と全体として類似しているものと認められる。

3  これに対し、被告らは、被告新峰の宣伝用パンフレット・納品書・請求書・封筒・包装紙・店舗の看板・のれん等にはいずれも「株式会社新峰」「八百松本店」と表示し、更に、「旬のごあいさつ」「松茸竹の子」「海山の幸」との文字を囲む三つのマーク(標章)を組み合わせており(別紙標章目録三参照)、「八百松本店」単独で使用することはないのであるから、原告標章との誤認混同の恐れは生じず、原告標章と被告標章とは類似しない旨主張する。

そして、成立に争いのない甲第六号証の六、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第二ないし五号証、第八ないし第一〇号証によると、被告渡部の名刺、被告新峰使用の封筒、納品書、期間計算書、パンフレットには、被告ら主張のとおり、別紙標章目録三記載のように「八百松本店」の前に、「株式会社新峰」と表示され、また、「旬のごあいさつ」「松茸竹の子」「海山の幸」との文字を囲む三つのマーク(標章)が併用されていることが認められる。

しかしながら、仮に被告新峰が「八百松本店」の標章を別紙標章目録三記載のとおりに使用したとしても、右標章のうち、「旬のごあいさつ」「松茸竹の子」「海山の幸」と記載された部分は、単に被告らの取扱商品等を例示したものに過ぎず、この点に格段の識別力を認めることはできないし、「八百松本店」の前に「株式会社新峰」を冠したとしても、結局被告新峰としては、同被告の名称の他に「八百松本店」の標章を付することにより、被告新峰の扱う商品に「八百松本店」の一種のブランド名を与えており、右標章の要部はやはり「八百松」であると解さざるを得ない。

しかも、成立に争いのない甲第六号証の一ないし七によると、被告新峰は、葉書、パンフレット、封筒、注文書佃煮の発売元の表示には、被告新峰の名称を全く付さないで被告標章を使用していることが認められるのであるから、別紙標章目録三記載の標章が全体として被告新峰の標章であると認めることはできない。

したがって、仮に被告新峰が、被告標章4、5の周囲に別紙標章目録三記載のとおりの表示を付加したとしても、原告標章と被告標章との類似性には影響を与えないというべきである。

4  よって、原告標章と被告標章とは類似していると認めることができる。

四  次に抗弁について検討する。

1  権利失効(抗弁1)について

被告らは、原告標章は、昭和五四年三月一三日から平成元年九月一九日までの一〇年余りにわたって使用されていなかったのであるから、原告の標章上の権利は既に失効している旨主張する。

しかしながら、仮に被告ら主張のとおり長年にわたる標章の不使用が権利の失効を来し、登録商標の取消事由となり(商標法五〇条)、あるいは、右のような商標権の行使が権利濫用となる可能性があり得るとしても、本件において右に該当する事実を認めることができない。すなわち、成立に争いのない甲第一五号証によれば、原告標章はもと株式会社八百松老舗(代表取締役は原告代表者)がその商標権を有していたところ、同社が昭和五四年三月一三日破産宣告を受け、昭和五五年一二月一八日換価処分されて原告代表者の義弟である小林祥二がこれを買い受け、原告代表者は引き続き右小林の使用許諾を受けて原告標章を使用し続け、昭和五七年三月二六日の原告設立後は原告において右標章を使用し、平成元年九月一九日になって正式に右小林から原告に対し、商標権の権利譲渡が行われ、現在に至っており、原告標章は株式会社八百松老舗の破産宣告後も引き続き原告代表者の手により使用されてきたことが認められるのであるから、原告標章が長年にわたって使用されなかったという事実を認めることはできず、被告らの主張は理由がない。

2  権利濫用(抗弁2)について

次に、被告らは、「八百松老舗」なる標章はありふれた名称であり、全国各地に「八百松」なる標章を使用しているものは、極めて多数にのぼるにもかかわらず被告らにのみ標章の差止を求めるのは公平ではないから、原告の請求は権利の濫用である旨主張する。

そして、成立に争いのない丙第一三号証によると、八百松との名称の青物小売店が東京二三区内に二一軒、横浜市に二軒、大阪市に一軒、名古屋市に一軒、京都市に五軒(原告を除く)、宇治市に一軒がそれぞれ電話帳に掲載されていることを認めることができる。

しかしながら、「八百松」の名を冠した店が全国に多数あることが、商標法三条一項四号又は同法四条一項八号等に該当するとして特許庁に対して商標登録の無効の審判を求め得る場合があることは格別、一旦右標章が特許庁の専権に基づき商標権を付与されている以上、それが商標法所定の無効審判手続で無効とする旨の審決がなされ、その審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所がこれを無効とすることはできず、また、客観的に公正な競業秩序を乱す等特段の事由がない限り、単に無効原因が存在することのみをもって右商標権の行使が権利の濫用に該当するということはできないものと解するべきである。そして、右のような特段の事情の認められない本件においては、原告による商標権の行使が権利の濫用にあたるということはできない。

五  結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 見満正治 裁判官 鬼澤友直 裁判官 飯畑勝之)

標章目録

一 株式会社総本家八百松老舗

〈省略〉

二 株式会社新峰及び被告渡部

〈省略〉

〈省略〉

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